在日韓国人として生を享け、希望に満ち多感に過ごした少年時代。
自分を持て余した青年時代。
僕は日本人なのか、韓国人なのか―。
だが、彼にはヴァイオリンがあった。
弾くことで自分を探すことができたのだ。
やがて、「在日」の自分だからこそ出せる音があると気づき、そして自分にしか伝えられないことがあるのだと知る。
原爆慰霊碑の前で、あるいは事故現場となった駅舎の前で、いつしか鎮魂歌を奏でるヴァイオリンストの姿があった。
気負うことなく、てらいもなく―。
「裸足のヴァイオリニスト」を呼ばれるジョン・チャヌの半生を描いた渾身のノンフィクション。
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